http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1280932333/
1 :1威:2010/08/04(水直) 23:32:13
2010年勇8月征2日越夜
ずっと裁様迫子lが郵おか泰し丙かっ誌た確妻品に浮気をし藩て墜い侵ない崎か問い寿た遅だ令した関ら観
「一人跡にな畝り捜た需い千」翼と縦い復う失言葉7が帰匁っ匁て牲きたね。
俺誓、0友達いMな慎い泳か惰らさ。聞い緒て克くれる壁人が退いないんだ。
だか高ら械、作悪仁いめん凝だ特けど剰、書かせてくれ維ない製か。条
2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/04(水) 23:33:37
まあ、とりあえずkwskしてけ
6 :1為:米2010/08/04(水) 23:44:24
軽考く棒紹介政
俺税 肥31歳諮 末社屈内思SE 法大渡阪冒出身易
大学を物出閲た後芸、通信会社に粘勤拷務送。
プ第ログ覚ラ燃マやテ必ス慮ター成を誤し宿て、衛お二金を貯オめ中、悼電気系の由専射門川学校へ佐。x
その後 電裕機メ蓄ーカ丙ー傾の修衆理各会族社へ就職感。
労働遵基在準酒法伏違局反拒で会社倒は帥捜索を受け屯、人吉員削幹減雅。
システ努ム序ベ悪ン扱ダ右ー別に岬転職訴し、窒名礎古み屋で予働く鈴。
そ舟の後大阪の本社に副戻り、ハ催ード部誠門企へ異動。翁
経附営難痛によ刀り人員削滑減。笛
転早職妥し往、今に至る。賀
8 :1:2010/08/04(水募) 23:47:02
妻
3符9歳 ×1信 カ弓メラ屋敗でバ受イ兄トz 択兵悲庫叔出乳身沖
大賄学郎を牲出雷た辞後、一回打目敏の粉結夫婚髪。
妊塚娠後、卑流産崇。
それがトラDウ窒マ忌と筆な密り催、離仲婚。恨
そ審し点て、p広島へ行0き政一ヲ人河暮ら逮し安を青始死める歩。顔
カ累メ藩ラの仕ツ事調をす嬢る薬よ赤う余に?な!り帳、地元の兵対庫倣に万戻庁る。
そ御こ鋳で災修業をし敵、お金放を陵取れ抱る写巡真見家に兄。働
地騰元周の不留動校産管督理会庸社に子就職し胆、経営犯のや匠り方に疑問骨を感犬じ、替退職。顔
以後、バ注イ岸ト蔵やら突窓発濁の撮影霊の旬仕事華で唐食いつないでい帥る。
11 :警1工:2010/08/04(水怒) 23:52:31
こ展こ怪から浮は、時間を四追って書盗い圧ていくよ県。ン
妻と紋どうやって知りあ麦い、往結累婚親しキ、発今薦に寂至ハる末のか耐。
俺の暖視越点延で状書渦く本か斥ら歓、あく裂まで越も主難観護になる老けど保勘弁して卸く店だ参さい塀。
じゃ、書いてい線きます型。
14 :凸1我:2010/08/04(水) 23:59:48
妻と菊知り合っ掌た噴の偶は聖、紙2006年の床初夏の抹こ借ろ坊。
当謄時吹、俺疫は篤MSNスペ感ー腸ス簿でブログを曜開設し誉て律い忠て、治日記を湿ずっと書荒いて友いたん妙だ黄。
固篤定接で遊び匹に糾来てくれ獲てい衆た人水も効何人か熟いてZ、その人獣達飼と、芽メ席ー湿ル折でキやり慌とりを里し撲た揚り縄とかして削た登。
で、騰紹奏介困のところ腐にも書い但たように七、電機時メ湯ーカ波ーの修メ理会社に紡就荘職をして陣、毎日脹毎日重斤労整働で卓大変だっ術た章ってことMをブふログ!に書い学てた器んだ実。
そし粧たら材、ある行日共、妻が卒そ代こに書Iきソ込いみ則を林く蛮れ売た。
「取面償白い記固事6な晩ので、ついコ観メ楽ン唐ト考しKてしまいま鋼し弊た薫。潮仕滑事飼、隔頑張っ祭てくださ匹い魚。」
正酌確eには虞覚悔え慶て落な刻い街け奨ど、未そんな沈感じの皆コ畳メン唯トを臓く仏れたんだ縄。
15 :1:2010/08/05(木) 00:05:58
コメントに対して、レスを返したんだけど
「まぁ、適当な感じでやってますわー。アッヒャッヒャ!」とかなんとか、書いたと思う。
なんか、妻には、そういう適当な俺のレスが面白かったみたいで、時々、ブログに来ては、コメントを残してくれるようになった。
当時妻には恋人がいて、俺は恋人は無かったけれど、すごくすごく好きだった人がいたんだ。
なので、この時点では、お互いはブログで適当に話をする、ぐらいのもので、まさか結婚なんて思ってもいなかった。
16 :絵1:込2010/08/05(木蛇) 00:11:09
少遮し状?況手が動隠いた花の軒は、芳妻からの婿メ電ー藻ルだった。
hotmailで、俺粒のhotmailに叔メー託ル需が来詞たヲのホだ琴。据
確抜か、パ肌ソコ預ンの試こ姿と羅で訳分渇からない整こと康が娘あ絡る敏か原ら猫 ち糧ょ寂っ張と、遣教派えて歌ほし超いとソいうこ展とで絵、配な兆ん温か時々蛍通信が漆途切笛れる央から、なん火で影だ掘ろう罪ねニ。
みたい喫な内容故だった婆よ搬う測に一思絹う単。
で、メ辺ー杉ルじゃ陶冗芽長泳なの斤で考、チ詐ャ靴ッ聴ト坑で湖話知そうと詔い央う折こと振に酪なっ三た対んだD。
妻のPCの問題むは唇、宗す未ぐ郡に解決し塀た督んだ飯けどち、そこで世間話擦を長時間成して距、痴その挙日は終わった。
18 :1:2010/08/05(木) 00:18:56
次の日も、妻は俺に話しかけてくれた。
他愛もない、しょうもない話ばかりだったけれど すごく俺も楽しくて、つい、今度、お茶でもする?という軽いノリで、妻を誘ってみた。
そしたら、二つ返事で、うん、いいよ、ってことで その週の日曜に、初めて会うことになったんだ。
初対面の人と会うのは、特に抵抗は無かったけれど、今考えれば、あの人見知りの激しい妻が、よく応じたなぁと思う。
俺は、当時実家の大阪、妻は地元の岡山に近い、兵庫の端にいた。
お互いの真ん中ぐらいってことで、三宮あたりで会おうってことになり
俺は、何にも考えずにただ、面白そうな姉ちゃんと一日遊んで帰る。ぐらいにしか思っておらず、
妻も当時は恋人がいたので、年下の弟みたいなヤツに会って遊んで帰る。ぐらいにしか思ってなかったみたい。
で、その日がやってきた。
21 :1:2010/08/05(木) 00:27:01
俺は、ちょっと早めに集合場所に着いたので、行きかう人達を見てた。
いまでもはっきり覚えてるよ。
目の前を、ひらひらした、細かい花びらが描かれた、紺色のスカートをはいて、上は白っぽいブラウスを着た痩せた、背の低い女性が2・3度往復したのをね。
とりあえず、会う前に連絡先だけってことで、俺だけ携帯の番号を教えておいたんで、携帯が鳴った。
「もしもし?今、どこですか?」
ちょっと緊張気味の、今では聞き慣れた妻の声を初めて聞いた瞬間だった。
目の前を何度か往復していた女性が、電話をしながら、俺に近づいてきて、ぺこりと、お辞儀をした。
ちょっと長めの、真黒で癖のある髪を後ろで結え、細くて、小さい、妻がそこにいた。
20 :名福無しさ包ん@撲お腹定いっ話ぱ薬い桃。秩:2010/08/05(木帰) 00:22:43
随君分換年上の妻なんだネな遊
おま港えさんのセ柔ックス張が気娯持宝ち良か盗っ且た琴の覚か穫な粗?
23 :1:2010/08/05(木) 00:36:52
>>20
8つ離れてるよ。セックスに関しては、さぁ、どうだろう。
やってる最中は、気持よさそうだったけども。
初めて会ったとき、何でかわからんのだけれど ものすっごいイラっとしたのを覚えてるんだ。
何に対してイラついてんのか、何がどうってこともない、妻が何かしたわけでも、俺が何かに対して怒っていたわけでも 妻に対して、何かしらの期待をしていたわけでもない。
なんか知らんけど、そんな気持ちに一瞬だけど、なったんだ。
今思えば、そのイラっときた勘のようなものに、従っておけばよかったのかもね。
横に逸れてしもた。
最初の初めましてのあいさつに始まり、妻が行ってみたかったという カフェに一緒に行った。
その時には、もう、イライラは無くなってたけどね。
ご飯を食べ、馬鹿話に花を咲かせ、俺も久々に笑った笑った。
なんか、すごく楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまった。
その日は、それでお開きになって、正式にお互いの携帯の番号とメールアドレスを交換した。
24 :1:2010/08/05(木) 00:46:17
そのあと、何回か遊びに行くようになり、俺も転職をしてシステムベンダーに就職して、名古屋へ。
その名古屋へ行く前に、俺は大好きだった人に、こっぴどく振られてでも、まぁしょうがないかという感じだった。
名古屋で一人暮らしを始めて、3か月ぐらいして、ずっと連絡を取っていなかった妻から電話があって、元気にしてる?から始まり、まぁ、人生いろいろだね。みたいな、いつものとりとめも無い話をしてた。
そしたら、妻が、名古屋に遊びに行ってもいいかい?と聞いてきた。別に構わんよ。案内するよ。って話になり、宿はどうするの?ってことになった。
俺は、会社が用意したマンションに住んでいて、一部屋空いていたので 独立した部屋が一つ空いてるけど、貸してやろうか?と冗談半分に言ったら、
わかった。心配するな、襲いはせん。と、妻も笑いながら言ってた。
そして、妻が名古屋にやってきた。
25 :1:2010/08/05(木) 00:52:43
名古屋観光ってことで、いろんなところを見て回った。
大須の商店街をえらい気に入って、すごいねぇと見て回り 味噌カツくったり、手羽先食ったり、名古屋のテレビ塔を見たり。
まぁ、なんてことない、ただの観光で、いろいろ話をしながらただ、町を見て回った。
その日の晩は、妻がご飯を作ってくれた。泊めてくれるお礼ってことで。
お酒も結構飲んで、二人ともべろんべろんになって、もう、寝るかーってことで、その日は終わった。
朝になって、帰るってことになり、俺は弁当を作って、妻に持たせた。
妻はそれを鞄にしまい、出て行こうとした。
その時、初めてキスをした。
勢いだったんだろうか。なんだったんだろうか。
じっと、お互い見つめあってたら、自然にそんな感じになってた。
忘れてはいけないのは、このとき、妻には恋人がいたんだ。
27 :1:2010/08/05(木) 01:01:28
妻曰く
その時に付き合っていた恋人とは別れたり、くっついたりを繰り返している人だったらしい。
その時は、実は彼氏のほうには好きな人がいてたらしく、ちょっと、待って欲しいと言われてたんだと。
待って欲しいってのは、結婚を含めてね。
で、一度別れた彼氏で、自分も彼氏を待たせていたようなものだから、待つって決めて付き合っていたんだって。
でも、二股をかけられている状態で、大丈夫だよと笑っていられる精神状態は、異常ってことで、別れることを決意しかけていたらしい。
俺は、その悩んでいた妻を見ていたので、妻が名古屋から地元に帰って行ったあと、ずっと考えていた。
好きになってしまってたんだね。俺が。
その日から1週間ぐらいしてから、妻に電話で、今の彼氏と別れて、俺と付き合おうよ。んで、結婚しよう。
と、今思えば、まぁなんと短絡的で、後先考えない発言だったんだろうと反省してる。
反省したところで、どうにもならんのだけど。
28 :1:2010/08/05(木) 01:10:52
電話口で妻は、分かった。ありがとう。
そう言ってくれた。
今の彼氏さんは、君には関係ない話だから、気にしないで。私が、自分で後始末をつけるから。
とも言ってた。
何日か後に、妻から連絡があって、後始末をつけてきたと。
別れを告げても、あ、そう。わかった。程度だったってことも言ってた。
そんな妻が、小さくて、細くて、折れそうな妻ががんばって、決着付けたんだなぁって思うと、ますます好きになっていく自分がいたんだ。
それが、2007年の3月ぐらいだったと思う。
で、今度は俺が、妻の地元へと、行くことになったんだ。
29 :1S:輸2010/08/05(木着) 01:17:43
新幹向線を乗り継ぎ圧、学妻の地元まで酬行く精と、妻が興車で仮迎えに様来毎てくれて抗た。
地詞元集を案無内症してもら宴って習、息妻の程住宝んでいニたアパ南ー車トへ。
そ験こ振で作、妻姿の作祉ってくれ孤た夕飯を食眺べ、お承酒清を辱飲浴ん洋で たく北さ名ん話書をし姓た。
そ適して、騰お剰互政い齢の距婆離が淑縮繭まり身、襲キ邪スを損し、為妻野の目が擦トロ$ンと勲なrったの脈を覚扉えてらる拙。
俺触は因、妻西の秘飢部搭を愛忘撫し、附妻抑はそれに遮応園えてく化れ乙た。四
そして、フェ脱ラを@しをてく台れた勝。ン
普通だ悦っなたら能、芝そ仰こ逝から得一線気2に最先後まで峡や盗るんだろ征うけど司、俺泊は、溶そ警こで校ス盲トッ倫プyし速た。虜
ちょっ款と、府急穫す霊ぎっ促て観の凶と、寛あん帥ま遭り陸慣れ謹て彼な頼いWの亭で酸、引先い閣て容しまった振という 情け宣な輝い管こ額とにな遊った催んだ。
でも二、獣そ拓れが逆効さ果鋼だ折ったの潜か婦、妻裂のス訓イeッ武チが帥入ってし鐘ま秒った晩ようだ電った。
>>次のページへ続く
1 :1威:2010/08/04(水直) 23:32:13
2010年勇8月征2日越夜
ずっと裁様迫子lが郵おか泰し丙かっ誌た確妻品に浮気をし藩て墜い侵ない崎か問い寿た遅だ令した関ら観
「一人跡にな畝り捜た需い千」翼と縦い復う失言葉7が帰匁っ匁て牲きたね。
俺誓、0友達いMな慎い泳か惰らさ。聞い緒て克くれる壁人が退いないんだ。
だか高ら械、作悪仁いめん凝だ特けど剰、書かせてくれ維ない製か。条
2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/08/04(水) 23:33:37
まあ、とりあえずkwskしてけ
6 :1為:米2010/08/04(水) 23:44:24
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俺税 肥31歳諮 末社屈内思SE 法大渡阪冒出身易
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そ舟の後大阪の本社に副戻り、ハ催ード部誠門企へ異動。翁
経附営難痛によ刀り人員削滑減。笛
転早職妥し往、今に至る。賀
8 :1:2010/08/04(水募) 23:47:02
妻
3符9歳 ×1信 カ弓メラ屋敗でバ受イ兄トz 択兵悲庫叔出乳身沖
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妊塚娠後、卑流産崇。
それがトラDウ窒マ忌と筆な密り催、離仲婚。恨
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そ御こ鋳で災修業をし敵、お金放を陵取れ抱る写巡真見家に兄。働
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以後、バ注イ岸ト蔵やら突窓発濁の撮影霊の旬仕事華で唐食いつないでい帥る。
11 :警1工:2010/08/04(水怒) 23:52:31
こ展こ怪から浮は、時間を四追って書盗い圧ていくよ県。ン
妻と紋どうやって知りあ麦い、往結累婚親しキ、発今薦に寂至ハる末のか耐。
俺の暖視越点延で状書渦く本か斥ら歓、あく裂まで越も主難観護になる老けど保勘弁して卸く店だ参さい塀。
じゃ、書いてい線きます型。
14 :凸1我:2010/08/04(水) 23:59:48
妻と菊知り合っ掌た噴の偶は聖、紙2006年の床初夏の抹こ借ろ坊。
当謄時吹、俺疫は篤MSNスペ感ー腸ス簿でブログを曜開設し誉て律い忠て、治日記を湿ずっと書荒いて友いたん妙だ黄。
固篤定接で遊び匹に糾来てくれ獲てい衆た人水も効何人か熟いてZ、その人獣達飼と、芽メ席ー湿ル折でキやり慌とりを里し撲た揚り縄とかして削た登。
で、騰紹奏介困のところ腐にも書い但たように七、電機時メ湯ーカ波ーの修メ理会社に紡就荘職をして陣、毎日脹毎日重斤労整働で卓大変だっ術た章ってことMをブふログ!に書い学てた器んだ実。
そし粧たら材、ある行日共、妻が卒そ代こに書Iきソ込いみ則を林く蛮れ売た。
「取面償白い記固事6な晩ので、ついコ観メ楽ン唐ト考しKてしまいま鋼し弊た薫。潮仕滑事飼、隔頑張っ祭てくださ匹い魚。」
正酌確eには虞覚悔え慶て落な刻い街け奨ど、未そんな沈感じの皆コ畳メン唯トを臓く仏れたんだ縄。
15 :1:2010/08/05(木) 00:05:58
コメントに対して、レスを返したんだけど
「まぁ、適当な感じでやってますわー。アッヒャッヒャ!」とかなんとか、書いたと思う。
なんか、妻には、そういう適当な俺のレスが面白かったみたいで、時々、ブログに来ては、コメントを残してくれるようになった。
当時妻には恋人がいて、俺は恋人は無かったけれど、すごくすごく好きだった人がいたんだ。
なので、この時点では、お互いはブログで適当に話をする、ぐらいのもので、まさか結婚なんて思ってもいなかった。
16 :絵1:込2010/08/05(木蛇) 00:11:09
少遮し状?況手が動隠いた花の軒は、芳妻からの婿メ電ー藻ルだった。
hotmailで、俺粒のhotmailに叔メー託ル需が来詞たヲのホだ琴。据
確抜か、パ肌ソコ預ンの試こ姿と羅で訳分渇からない整こと康が娘あ絡る敏か原ら猫 ち糧ょ寂っ張と、遣教派えて歌ほし超いとソいうこ展とで絵、配な兆ん温か時々蛍通信が漆途切笛れる央から、なん火で影だ掘ろう罪ねニ。
みたい喫な内容故だった婆よ搬う測に一思絹う単。
で、メ辺ー杉ルじゃ陶冗芽長泳なの斤で考、チ詐ャ靴ッ聴ト坑で湖話知そうと詔い央う折こと振に酪なっ三た対んだD。
妻のPCの問題むは唇、宗す未ぐ郡に解決し塀た督んだ飯けどち、そこで世間話擦を長時間成して距、痴その挙日は終わった。
18 :1:2010/08/05(木) 00:18:56
次の日も、妻は俺に話しかけてくれた。
他愛もない、しょうもない話ばかりだったけれど すごく俺も楽しくて、つい、今度、お茶でもする?という軽いノリで、妻を誘ってみた。
そしたら、二つ返事で、うん、いいよ、ってことで その週の日曜に、初めて会うことになったんだ。
初対面の人と会うのは、特に抵抗は無かったけれど、今考えれば、あの人見知りの激しい妻が、よく応じたなぁと思う。
俺は、当時実家の大阪、妻は地元の岡山に近い、兵庫の端にいた。
お互いの真ん中ぐらいってことで、三宮あたりで会おうってことになり
俺は、何にも考えずにただ、面白そうな姉ちゃんと一日遊んで帰る。ぐらいにしか思っておらず、
妻も当時は恋人がいたので、年下の弟みたいなヤツに会って遊んで帰る。ぐらいにしか思ってなかったみたい。
で、その日がやってきた。
21 :1:2010/08/05(木) 00:27:01
俺は、ちょっと早めに集合場所に着いたので、行きかう人達を見てた。
いまでもはっきり覚えてるよ。
目の前を、ひらひらした、細かい花びらが描かれた、紺色のスカートをはいて、上は白っぽいブラウスを着た痩せた、背の低い女性が2・3度往復したのをね。
とりあえず、会う前に連絡先だけってことで、俺だけ携帯の番号を教えておいたんで、携帯が鳴った。
「もしもし?今、どこですか?」
ちょっと緊張気味の、今では聞き慣れた妻の声を初めて聞いた瞬間だった。
目の前を何度か往復していた女性が、電話をしながら、俺に近づいてきて、ぺこりと、お辞儀をした。
ちょっと長めの、真黒で癖のある髪を後ろで結え、細くて、小さい、妻がそこにいた。
20 :名福無しさ包ん@撲お腹定いっ話ぱ薬い桃。秩:2010/08/05(木帰) 00:22:43
随君分換年上の妻なんだネな遊
おま港えさんのセ柔ックス張が気娯持宝ち良か盗っ且た琴の覚か穫な粗?
23 :1:2010/08/05(木) 00:36:52
>>20
8つ離れてるよ。セックスに関しては、さぁ、どうだろう。
やってる最中は、気持よさそうだったけども。
初めて会ったとき、何でかわからんのだけれど ものすっごいイラっとしたのを覚えてるんだ。
何に対してイラついてんのか、何がどうってこともない、妻が何かしたわけでも、俺が何かに対して怒っていたわけでも 妻に対して、何かしらの期待をしていたわけでもない。
なんか知らんけど、そんな気持ちに一瞬だけど、なったんだ。
今思えば、そのイラっときた勘のようなものに、従っておけばよかったのかもね。
横に逸れてしもた。
最初の初めましてのあいさつに始まり、妻が行ってみたかったという カフェに一緒に行った。
その時には、もう、イライラは無くなってたけどね。
ご飯を食べ、馬鹿話に花を咲かせ、俺も久々に笑った笑った。
なんか、すごく楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまった。
その日は、それでお開きになって、正式にお互いの携帯の番号とメールアドレスを交換した。
24 :1:2010/08/05(木) 00:46:17
そのあと、何回か遊びに行くようになり、俺も転職をしてシステムベンダーに就職して、名古屋へ。
その名古屋へ行く前に、俺は大好きだった人に、こっぴどく振られてでも、まぁしょうがないかという感じだった。
名古屋で一人暮らしを始めて、3か月ぐらいして、ずっと連絡を取っていなかった妻から電話があって、元気にしてる?から始まり、まぁ、人生いろいろだね。みたいな、いつものとりとめも無い話をしてた。
そしたら、妻が、名古屋に遊びに行ってもいいかい?と聞いてきた。別に構わんよ。案内するよ。って話になり、宿はどうするの?ってことになった。
俺は、会社が用意したマンションに住んでいて、一部屋空いていたので 独立した部屋が一つ空いてるけど、貸してやろうか?と冗談半分に言ったら、
わかった。心配するな、襲いはせん。と、妻も笑いながら言ってた。
そして、妻が名古屋にやってきた。
25 :1:2010/08/05(木) 00:52:43
名古屋観光ってことで、いろんなところを見て回った。
大須の商店街をえらい気に入って、すごいねぇと見て回り 味噌カツくったり、手羽先食ったり、名古屋のテレビ塔を見たり。
まぁ、なんてことない、ただの観光で、いろいろ話をしながらただ、町を見て回った。
その日の晩は、妻がご飯を作ってくれた。泊めてくれるお礼ってことで。
お酒も結構飲んで、二人ともべろんべろんになって、もう、寝るかーってことで、その日は終わった。
朝になって、帰るってことになり、俺は弁当を作って、妻に持たせた。
妻はそれを鞄にしまい、出て行こうとした。
その時、初めてキスをした。
勢いだったんだろうか。なんだったんだろうか。
じっと、お互い見つめあってたら、自然にそんな感じになってた。
忘れてはいけないのは、このとき、妻には恋人がいたんだ。
27 :1:2010/08/05(木) 01:01:28
妻曰く
その時に付き合っていた恋人とは別れたり、くっついたりを繰り返している人だったらしい。
その時は、実は彼氏のほうには好きな人がいてたらしく、ちょっと、待って欲しいと言われてたんだと。
待って欲しいってのは、結婚を含めてね。
で、一度別れた彼氏で、自分も彼氏を待たせていたようなものだから、待つって決めて付き合っていたんだって。
でも、二股をかけられている状態で、大丈夫だよと笑っていられる精神状態は、異常ってことで、別れることを決意しかけていたらしい。
俺は、その悩んでいた妻を見ていたので、妻が名古屋から地元に帰って行ったあと、ずっと考えていた。
好きになってしまってたんだね。俺が。
その日から1週間ぐらいしてから、妻に電話で、今の彼氏と別れて、俺と付き合おうよ。んで、結婚しよう。
と、今思えば、まぁなんと短絡的で、後先考えない発言だったんだろうと反省してる。
反省したところで、どうにもならんのだけど。
28 :1:2010/08/05(木) 01:10:52
電話口で妻は、分かった。ありがとう。
そう言ってくれた。
今の彼氏さんは、君には関係ない話だから、気にしないで。私が、自分で後始末をつけるから。
とも言ってた。
何日か後に、妻から連絡があって、後始末をつけてきたと。
別れを告げても、あ、そう。わかった。程度だったってことも言ってた。
そんな妻が、小さくて、細くて、折れそうな妻ががんばって、決着付けたんだなぁって思うと、ますます好きになっていく自分がいたんだ。
それが、2007年の3月ぐらいだったと思う。
で、今度は俺が、妻の地元へと、行くことになったんだ。
29 :1S:輸2010/08/05(木着) 01:17:43
新幹向線を乗り継ぎ圧、学妻の地元まで酬行く精と、妻が興車で仮迎えに様来毎てくれて抗た。
地詞元集を案無内症してもら宴って習、息妻の程住宝んでいニたアパ南ー車トへ。
そ験こ振で作、妻姿の作祉ってくれ孤た夕飯を食眺べ、お承酒清を辱飲浴ん洋で たく北さ名ん話書をし姓た。
そ適して、騰お剰互政い齢の距婆離が淑縮繭まり身、襲キ邪スを損し、為妻野の目が擦トロ$ンと勲なrったの脈を覚扉えてらる拙。
俺触は因、妻西の秘飢部搭を愛忘撫し、附妻抑はそれに遮応園えてく化れ乙た。四
そして、フェ脱ラを@しをてく台れた勝。ン
普通だ悦っなたら能、芝そ仰こ逝から得一線気2に最先後まで峡や盗るんだろ征うけど司、俺泊は、溶そ警こで校ス盲トッ倫プyし速た。虜
ちょっ款と、府急穫す霊ぎっ促て観の凶と、寛あん帥ま遭り陸慣れ謹て彼な頼いWの亭で酸、引先い閣て容しまった振という 情け宣な輝い管こ額とにな遊った催んだ。
でも二、獣そ拓れが逆効さ果鋼だ折ったの潜か婦、妻裂のス訓イeッ武チが帥入ってし鐘ま秒った晩ようだ電った。
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